カッコウの托卵に学ぶ、多様な生態系と生物進化。環境科学コース / 数理生命システム分野 高須 夫悟 教授

ミクロからマクロに至る生物まで、広い意味でいうと、
人間も含めた生態系や生物進化を数理の視点から学ぶ
数理生命システム分野を担当しています。
生物集団や生物と物理化学的環境との相互作用について数理モデルを構築し、
計算機を用いたシミュレーションなどにより解析していきます。
今回は、数理科学と生物学の接点と、
私の研究テーマのひとつである、カッコウの托卵についてご紹介します。
数理的解析により、托卵という一見不思議な行動が
どのように進化してきたのかについて理解を深めることができます。

高須 夫悟 教授 高須 夫悟 教授

すべての生物を対象とした数理的研究。

生きとし生けるものには寿命があります。死ぬと数が減り、子どもが生まれると数が増えるという基本原理に従って個体数が変化します。日本では今、少子高齢化が進み人口は減少し始めていますが(出生数 < 死亡数)、地球全体では人間の数は増え続けています(出生数 > 死亡数)。このような人口動態はすべての生物に共通する基本原理で理解することができます。絶滅危惧種の減少、農作物の害虫被害や感染症など病気の拡大についても同じ原理が適用されます。数理の視点に立つことで、一見複雑に見える生き物の数の増え方、減り方を同じ枠組みの中で解析することができます。あらゆる生き物が対象なので、広く考えれば人間の思想やうわさ話の広がりなど文化的なことも研究対象になり得ます。言葉や理屈だけではとらえがたい複雑な生命現象も、曖昧性がない数式を使うと、すっきりわかりやすくなるのです。

不思議な生物の習性、カッコウの托卵。

学生の頃から鳥の研究を続けています。野外で実際に鳥を観察してデータを取っている研究者との共同研究になるのですが、彼らが考える様々なアイディアを数理モデルとして構築し、これを計算機を用いてシミュレーション解析するという研究スタイルです。テーマの一つにカッコウの托卵があります。托卵とは、他個体の巣に産卵し、卵とヒナの世話を他人にさせてしまう一風変わった繁殖方法のことです。カッコウが托卵する主な相手は日本ではオオヨシキリなのですが、カッコウのヒナはふ化後、オオヨシキリの卵を巣外に放り出してしまうので、カッコウの托卵を受け入れてしまうとオオヨシキリは自分の子孫を残すことはできません。これに対抗し、カッコウの托卵を見破る能力を進化させたオオヨシキリが存在します。また、卵の模様を似せて非常に精巧な卵擬態をもつカッコウの存在が知られています。ダーウィンの自然選択により、長い進化の過程で少しでもオオヨシキリ卵に似ているカッコウ卵は托卵が受け入れられ、精巧な卵擬態が進化したと考えられます。

数理科学と生物学が出会う接点。

僕の共同研究者は、メスのカッコウがどのように托卵相手を探して托卵するかを野外で行動追跡しています。いろいろな模様の模擬卵を托卵相手の巣に置き、巣の持ち主が見破れるかどうかを観察することで、托卵対抗手段の度合いを調べることができます。僕はそのデータをもとに数理モデルを組み立て、ある集団が托卵を完全に排除するようになるまでどれくらい時間がかかるかなどを試算しました。この解析により、両者が相互依存的に進化していくことがわかりました。托卵相手の数が減ってしまうと、カッコウも托卵先がなくなって数が減ってしまいます。カッコウと托卵相手との関係は、搾取する側とされる側、寄生するものとされるものと本質的に同じであり、相互依存的に共進化する格好の例となっています。利害が一致しない者同士による共進化は、上司と部下などの身近な人間関係から国家間の対立まで、現代社会での出来事にも応用できるのかもしれません。数理科学と生物学は対極に位置する研究分野と思われがちですが、数理生命システム分野は、両者の密接な関係性が学べる研究分野だと思います。